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 はじめまして、たけちょです。

 私についてズラズラ~っと書き連ねてみました。
長いですが、最後まで読んで頂ければ、私がどういう人間なのか?
わかっていただけるかな~と期待してます(笑)

 私に聞きたいことや、このプロフィールを読んでの感想等は、
是非メールでお寄せください。必ず全部に目を通します。

名前

たけちょ

年齢

1976年生まれ

趣味

オートバイでツーリングとメンテナンス、オンラインゲーム、食べ歩き、旅行、映像鑑賞、読書

家族

両親、祖父母、妹(たけちょは現在一人暮らし。)

ペ ッ ト

今はいません(飼育暦:猫2匹、鶏、緑亀、コッピー、セキセイインコ)いつかコノハズクを飼いたい。

職 業

自営業(201312月~)

好きな もの

心躍るもの、新しいもの、大切に思ってくれる友人、自由な時間

嫌いな もの

詐取するもの、無責任、知恵のない人

 201311月末日、いろいろあって脱サラ。 今は貯金で生活を繋いでいます。

2016年3月1日~現在まで、細々とアフィリエイトだけの収入で生活ができています。

一人暮らしが長いと何とかなるもんですw

 

友達との違いがわかったのは中学生になってから

 私の実家は貧乏で、親戚との中も悪く孤立しています。

父は自営業でしたが大して稼ぐこともできず……にもかかわらず
工夫することをしないで怠惰な生活を送っていました。

 母は結婚後、専業主婦に。
たまにパートに出ては退職を繰り返してました。
(今は二人とも少ないですが年金暮らしです。)

 当然生活は安定せず、私が幼稚園に上がる頃には
日々、家庭内紛争状態で、その頃の口癖は

「お金が無い!」

高校卒業するまで毎日というほど
両親がお金の事で口論ばかりする……そんな家でした。

それでも生活は何とかできていたので
自分がどれだけ経済的にヤヴァイのか?
ほとんど意識することはありませんでした。

しかし、中学にあがった頃
周りの友達の家庭環境などが理解できるようになると
自分との違いが鮮明になりました。

その頃から経済状況は更に悪化していったので
勉強に必要な道具を揃えるのは必要最低限で
部活動はユニフォームを買わないといけなくなったので
やめざるを得ませんでした。

それでも慎ましく過ごしていれば
何とか生活できるレベルではあったし、ボロ屋ながら
家も顕在なのでマシだったとは思います。

就職氷河期世代は辛かった

 就職氷河期と言われた頃、私は地元の大学を卒業しましたが
残念ながら就職できませんでした。

高卒後、地元の役所で職員として勤務していた時代もあり、
そこへ戻る事も一瞬考えましたが、いわゆる「お役所仕事」に馴染めず
あの仕事振りには嫌気がさしてたので候補外……

車いじりが好きで、車両整備を学びながら仕事として
稼ぎながら自分の好きな車を整備する仕事ができるので
地元のホームセンターでパートに就き、いつの間にか正社員になりました。

しかし朝から晩までクレーム処理や業務に忙殺され、
就職から4年後に辞めました。

 そのホームセンターで出会った親友の紹介で、
サービス業の営業マンとして転職できました。

サラリーマン社会の現実

前の会社で10年程、営業マンとして頑張りました。

親友の好意に、活躍することで応えたかったのです。
自分では、相当貢献したと今でも自負してます。

その当時、口は悪いが心根の良い上司に拾ってもらい
ひとまず仕事ができるところまで育ててもらってからは
勤務初年度から 大きなプロジェクトを任されるようになりました。

それ以来、単独で毎年数億の売上をあげることができるようになりました。
これまでを振り返ると、仕事のいろはを教わったのは、その方が初めてでした。

唐突ですが、私の給与は手取り16万円でした。
(地元の民間企業ではまずまずの給与です。)
毎年ベースアップは期待できず、わずか年10003000円上がるかどうかでした。

 ボーナスはありましたが、3~5万円の支給で、みんな喜びました。
常に「今年は出せるかどうかわかりません、みんなの頑張り次第です」 と
社長から頑張りを要求されては、ニンジン目当てに頑張るのです。

しかも他部所からは「楽して給料もらってボーナスまでもらいやがるのか!!!」と、こちらの大変さもわからないくせにいつも陰口を叩かれるような会社でした。

年収300万超えるには、部長職ポストに就かなければ無里な世界。
でもそのポストは8つしかありません。

「ボーナスって分厚い袋で渡されないんだ」と感じる世代
(振込みなので手渡されることは無いのですが

 それでも仕事にはやりがいがあり、
やればやるほど楽しくて、 実力がどんどんついて、
発揮できる場も多かったです。

そんなこんなで安月給にも我慢できました。 そんな生活にも転機はおとずれます。

サラリーマン10年目の大転機!

私が所属していた会社は、
つい数年前より「経営刷新」という御旗の元に、 会長以下のとりまきを、
YESマンへ総取替えしました。

それによって何が起こるかというと…

トップダウンのみを実行する組織

へと変貌を遂げたのです。

 

 ワンマン経営は益々強化され、
例え正論でも、理に叶っていても、 会長のお気に召さなければボツです。
むしろ冷遇されます。

どういった冷遇を受けるかと言うと
今あるポストから簡単に飛ばされてしまいます。

たいていその人にとって不適格な業務に配属されるので
辛い上に、その仕事の教育を全くしてくれない組織なので
いつまで経っても仕事が上達できません。

人によっては余計にストレスがかかって
まともな人なら2~3ヶ月で鬱になりがちです。

その組織体制下、初船出で社長と会長は、
私たちが必死で稼いできた売上をいとも簡単にゴミに換えたのです。

 

  個人専用車両購入……..
(フルメンテナンス付でハイブリッドフーガと同クラウンを購入したのです。)

魂抜ける2

開いたクチがふさがりません。

魂がクチから出て行った気ぃすらします

「え?それってウチの数年分の利益、全部空っぽになるじゃん!?」

私利私欲の為に組織を利用することから、緩やかな死が訪れる。」

あるドラマの中で「戒め」の意味で使われた台詞です。

頭から離れませんでした。

これまでも散々、無駄使いしてきた会社ですが
人件費が9割を占め、利益率が3%にも満たない経営で、
それだけの浪費……もう気が狂っているとしか言いようがありません。

そのお金を稼ぐ為にどれだけの、時間をかけ、数多くのお客様へアプローチし 見積書、提案書、プレゼンテーション、コンペティション、接待、社内外調整たくさんの業務と努力があったことか

多くの人を巻き込み、総合力でつくった売上です。

この上ない虚しさを感じました。

働くって何ですか?お仕事って何ですか?

私は社内では塞ぎ込むようになりました。
心が引きこもりになりつつあったのです。

外出すると、鎖から解き放たれたような開放感がありました。

社内では相変わらず一人で多くの時間を過ごし、
一人で全部の仕事をこなす事で集中するようになり
コミュニケーションをとることを忘れることにしました。

 この環境から「逃げたい」……その一心でした。

そしてその頃、 新しく他部門から営業部門長に就いた人間が最悪で
社内外からも根っからの「無責任で口先だけ」という評判の人間でした。

私のサラリーマンとしての廃人化スピードは
この時点から更に速度を上げます。

その上司は相手に応じて一瞬で手のひらを返し、
裏では大変な悪口を言いふらしながら毎日喫茶店で
新聞読むのが日課です。

そんな彼の口癖は

「オレはいつか転職するから…」と吹聴すること

業務について「覚えるの無駄だから」……とまったく無頓着でした。

仕事上の許可を得るため(見積もり提出や契約締結、新規事業に際し)、 内容説明をするのですが、常に生返事です。

「お前が良いって言うなら、やればいいんじゃない?」 こんなやり取りしかできません。

その裏には「自己責任でやれ!」という 暗黙の指示が存在しているのです。

「仕事はお前らの義務、手柄と楽しい接待はオレのもの。」 そういう考え方の上司でした。

どうしてこんな人が社会人として生きていけてるのか?
どうしてこんな人の指示、命令を聞かなければならないのか?

理解に苦しみ、会社と心の距離感はますます離れました。

(世の中の現実と仕組みについて理解していれば
直ぐにわかることですが、それを知ろうともしない人が多いです。
そして私もそんな一人でした。)

仕事に対する姿勢もスキルもノウハウも低く、 同じ空間にいるだけで吐き気がします。

見かけるだけで眉間にシワが寄るようになり、 公務員時代に発祥した
顔面神経痛が再発しました。

「部下は上司を選べない」…まさにお先真っ暗です。
でも会社人事ではそれがまかり通ります。
私はますます孤立します。

逃げるため、更に仕事に打ち込み、契約を取り、
売上を上げることだけに、より集中しました。

部長に擦り寄る取り巻きを忌み嫌い、目もあわせません。
常に単独行動です。

既に私の「社会人」としての倫理観、 組織人というタガは外れていたのです。

次第に周りも私を無視するようになりました。
用件のあるコト意外での呼びかけは、皆無です。

既存の会社組織に属している限り、嫌でも間違っていても
上司や経営者の命令に従わなければなりません。
それがいわゆる「サラリーマン」なのだとつくづく理解させられました。
正しい事も、正直に生きることも、 ましてや信念を貫き通すことなんて
その環境ではできませんでした。

それでも頑張ってこれたのは、
仕事に対する「使命感」や 「個人の成長」を感じていたからです。

私はこれまで一組織人として頑張ってきました。
しかし、業績を上げても感謝の言葉は上辺だけで、
その積み重ねがサラリーに反映されることはありませんでした。

むしろゴマを擦ってどこに出かけてるかもわからない、 契約も利益も取れない、
いわゆる「遊び人」よりもかなり低い給与でした。

 

ある日、
新しく居座ることになった部長がロックもかけずに
サーバー上にたまたま放置してあった
「給与査定」ファイルを見て 愕然としました!!

 

 10人いる営業マンの中で、

 

ダントツで私の給与は低かったのです。

 

 

毎年売上成績トップをマークしていました。
(入社以来10年連続での億越えの契約達成)
その他の活動でも 社に貢献してきた自負があっただけに

 ↓↓↓大変なショックでした↓↓↓

がっくし

 

 

 

 

 

その日から私は路頭に迷うことになります。

そして新部長就任から1ヵ月後…
とある洗礼を受けることになります。

 

 

登るハシゴを間違ったから?~粛清のはじまり~

昨年の10月のことです。
私は入ってもいない派閥争いへ何故か巻き込まれていました。

私を育ててくれた上司が、ありもしない責任を負わされ
赤字で翌年の存続が危ぶまれる支社へ

飛ばされることになった
のです(左遷ってヤツです)

 

そしてその派閥ごと、いくつかの追い出し部屋へ散り散りバラバラに
「(片道切符の)島流し」される事になったのです。
(TBSドラマ「半沢直樹」では、実績を上げれば
それなりのポストへ 返り咲くことができる…..という夢のあるストーリーが
印象的でした。

しかし私の現実は、
経営層以外はただの従業員であり、 会社は組織であり、
その経営層がデザインする組織が絶対であり
気に入らないヤツはぶっ飛ばす!
それが私が目の当たりにした世界でした。)

私の島流し先は「現業」と呼ばれていて、
肉体労働でサービスを提供する部門でした。

 

 私はその会社でず~っと営業職でしたし、
体格は正直もやしっ子です。

週休二日制で、有給だって計画的に取れて、旅行もしてました。
仕事とプライベートを分け、それなりに人生を謳歌してました。

「辞令は突然に。」 アラフォーもやしっ子な身体に、
肉体労働は堪えられませんでした。

勤務はシフト制で、
しかも4日先までしか 予定がわからないのです。

用事でお休みの申請書を
2週間前に出しても 認められませんでした。

ありえません…………………….
こんな非常識な不条理がまかり通って良いわけありません。

しかし現実は厳しく 3日おきに昼夜逆転の生活が続き
たまに勤務超過外の肉体労働させられるような状況が続いたせいか
私の身体は悲鳴を上げました。

 

不眠症になりました。

人生で初めて、お薬で睡眠をとることになったのです。
私は普段どこでも3分以内に寝れるくらい寝つきが良いんです。
そんな私が不眠症だなんて

まさかの不意打ち一発
KOカウンターパンチです。

でもお薬で寝られても、何だか「疲労」って取れないんですね… 私はそうでした。

毎日就寝時間が嫌になり、会社へ通うことが恐怖となり
仕事をする意味がわからなくなっていました。

実際は1~3時間おきに目が覚めてしまい
また寝付くまでに時間がかかるので焦ります。
よく起床予定時間まで「あと30分しか寝られない」とか そんな毎日でした。

常に頭の中でグルグル考え事をしてしまい、でも全く休めず
仕事に出る時は疲労感いっぱいで、頭がボーっとしてて
思ったように身体を動かせなくなっていたのです。

おかげで注意力も散漫です。

高所作業をさせられることもあったので、
業務上の注意説明を受けなければなりませんが、

全くありません。

いきいなり見よう見まねで作業をさせられます。
恐ろしいですね。

その現場のリーダーに質問するのですがあいまいです。
面倒くさそ~ぅにはぐらかされた後、とっとと作業をさせられます。

むしろ仕事のやり方すら教われず職人の世界のようです。
にも関わらず、冷たい視線を浴び、嫌味を言われながら
上手く仕上げることができるはずもなく、いつまでもド素人の仕事で
やり直しを他のメンバーに強いてしまいました。

他のメンバーには二度手間をさせてしまい申し訳ない
という気持ちでぶつけようのない怒りが毎日こみ上げました。

話し合おうにも取り合ってもらえず ひたすら精神的に疲れるだけ
そんな悪循環な日々が毎日続いたのです。

後から思えば、あれはいつかのニュース番組で聞いた
「追い出し部屋」だったのかも?
そしてそれを身をもって体験したように思えます。

私よりもっと過酷な状況の人は大勢いるでしょう。
正社員だったので、待遇も給与も他のパートさんより条件は格段に上でした。
(行使は全くできなくなっていましたが)

でも私をどん底へ突き落とすには、それで十分でした。

突き落とす

これまで誰よりもたくさん働いてきた自負と仕事への自信がありました。

地方の小さな業界なので、頑張ったらその業界の営業マンとしては
一時期売上№1になれました。  

頼りになる先輩や仲間にも恵まれて頑張れる環境がありました。


それでもサラリーマンに愛想が尽きたのは
私が雇われの「従業員」である事を痛感したからです。

  しょせん

経営者のさじ加減で

何とでもなる  

それが現実です。

私は痛がりなので、これ以上、体が壊れるのが怖かったし
何よりも精神的に大きなダメージを日々受け続ける苦しみから
1秒でも早く抜け出したい思いが勝って「退職届」を提出しました。
それは直ぐに受理され会社の狙い通りに追い出されたのです。

私にとっては粘るよりもゴネルよりも、
この虚しくて無駄な時間を 少しでも早く終らせることが、
価値ある行動でした。

この先どうすんのさ?~ネットビジネスのスタート

もともと自分でビジネスできないか?……と普段から情報収集をしてました。

雑誌「アントレプレナー」読んだり、コンビニや自営業で
店を出している友達に実際どうなのか話を聞いたりしてました。

そしてそのハードルの高さに一瞬で諦めることばかりでした。
しかも自己資金はほぼ無いので、元手はなるべく少なく、リスクも少ない
そんなビジネスはないか? (ワガママですよね。)

 

以前、友達に誘われてMLMもやりましたが、
仕事のスタイルが合わず、ただの商品愛用者になりました。

私が取り組んだMLMは、主に生活消耗品を扱うビジネスで
イケメンではない私が、見た目を変えようと思わないしより良く見られようと化粧なんてしません。

昭和生まれな私という男子は、根性論で育てられましたから
化粧水でもはたいていたら、家族から白い目で見られたでしょう。

それでも商品は確かに優良品で、体感も良かったです。
が、しかし、いざその良さを伝えるとなると、 全く信頼してはもらえませんでした。
どんなに言葉を尽くしたつもりでも、お付き合い程度で終ってました。

リピーターなってもらう為に、お客さんの所へ通っても 2度目からは疎まれ、
電話すら着信拒否される始末です。

「私に信頼がないから、実績がないからダメなんだ」と
諦めモードに突入し、軌道に一度も乗ることもなく、 負のスパイラルから抜け出せずにいました。
(幸い在庫は持たなくてもビジネスできたのは良かった。)

しかも当時、MLMで世話になった先輩の 車購入の保証人になってしまい、
その後先輩はトンズラ……。 信頼していただけにショックでした。

幸い先輩家族へ事情説明することで、 少し時間をとられたものの解決しました。

更にそのビジネス活動の成り行きで、
一番つるんでいた友達グループからは、その後無視される事になり
一番楽しい時期を過ごした友人達からの「無視」は とても痛いペナルティーとなりました。

それ以来、孤独へ耐えることが私の中での常識となりました。

本当はきちんと説明して理解を得たかったし
私のお客さんになってもらえなくても良かった。
ただ、良いと思う情報を伝えようとしただけ

結局は「ねずみ講」を始めちゃった馬鹿者として 拒否されてしまったようです。

アフィリエイトとの出会い

言葉としてのアフィリエイトは知ってましたが、
その中身については 「ネット上の広告」としか知らず、
それで人生が自由になっている人がいるとは 想像もしませんでした。

 

それどころか個人で広告事業が出来るなんて
思いつきもしませんでした。
それだけネットビジネスの実態を知りませんでした。

「低コストで、リスクも低く、それでいてこれまでの生活ができるくらい
独立して稼げるビジネスはないか?」

探し続ける中で、たどりついた答えの一つが
たまたまある人のブログにたどり着いて知る事ができたのです。

調べれば調べるほど、 私が目指す人生のあり方を体現できそうな近道であり、
自分の努力を積み上げることができ、無駄にならず、自らを奮起させることができ

一緒に頑張れる仲間ができたり、人に感謝されるお仕事だと教わりました。

何といっても元手があまりかかりません。

タイムリミットも制限もある私にとっては、とても都合の良いビジネスです。
直ぐに目標値まで稼げるようにはならないだろうけど、
自分のやりたい分野でずーっと仕事できるというのは とても幸せな事だと思います。

 

例えば「フランチャイズ」だと、
まず権利を買う為、数十~数百万円支払い 更に設備投資やらセミナー代やら
教育費用等でコストが掛かり過ぎます。

それでいてコケても何の保障も無く、多くは無駄になります。
(フランチャイズが悪いとは思いません。かけられる資金も気持ちも無いのです。)

かといって、手に職やアイディアがあるわけでもありません。

既存のビジネスの多くは、そういったリスクが大きいものばかりで
またアイディアをビジネス化するノウハウも無いので当然です。

 

アフィリエイトで成功している人のブログを読み進め、メルマガにも登録し、
送られてくるメールを読むたびに、私もこの仕事に真剣に取り組みたいと考えました。

「どうせ自己責任なんだから、自分の思いで出来る仕事が良い!」し、
失敗しても金銭的リスクは少なくて済むし、何か学べる事があると感じてました。

このビジネスで成功を納めた人には、人間的魅力ある人が大勢いるからです。

 

ビジネスをする上でノウハウは必要だと思います。

…ですが、アフィリエイトビジネスについては
無料で情報提供されていることが多くあり、まさに玉石混合です
最初独学で調べていましたが、すぐ壁に突き当たりました。

 

「具体的に何から始めれば良いか?」わからないのです。

「本当にこんなので稼げるの?」正直そう思いました。

何故ブログ書いたり、メールマガジン発行するだけでお金がもらえるのか?
その仕組みや仕事をする上での考え方について、 理解できる答えがさっぱりみつかりませんでした。

自分を変える努力をすること

よく言われてることかもしれませんが
「他人を変えるのは大変難しく、自分を変えるのは一瞬でできる!」

いつも何かしら問題や人とお話している時に思い出す言葉です。

あのままサラリーマンとして、逆転し返り咲くことも考えましたが
行き着く先があの上司たちの背中だとずっと前からわかっていました。

あの背中を追って、いつか取って代わり、そこで頑張り続けることに
憧れも意味も価値も感じなかったのです。

そこにあるのは、嘘と無駄と責任のなすりつけと不自由ただそれだけです。

私はそんな状態が横行する社会と会社に、自分の身を預けるのが怖いです。
定年まで、生活できるイメージがもてません。

そもそも定年したら安泰なの?
それこそ、リスク高い賭けに出てるのと同じじゃない?

それに、まだ働ける体力も意思があっても「定年だから」とひとくくりにして
人様の人生をシャットダウンする一様のシステムには納得できません。

様々なシステムが時代にマッチしてない事がわかってるのに、
何の対策もしないで人任せに人生を棒に振ってしまって、後から
「後悔」なんてしたくないです。

私は手遅れになる前に、準備し行動することにしました。
私にとってはその手段が「ネットビジネス」です。

このプロフィールを読んでくれたあなたが
もし自分の人生や生活を他人に丸投げで預ける事によって
安心が得られないのなら、 自分なりの行動を起こしてくれる事を期待したいです。

 

 何と言っても「他人を変化させるのは大変な困難を伴うから」です。

私が将来実現したいことはこんなことです。

  • 旅行しながら仕事したり、気に入った現地に住むこと。
  • 家族へ経済的自由を届けること。
  • 信頼する仲間とビジネスやプライベートを過ごすこと。
  • やる/やらない自由を得ること。
  • 私と同じ様な境遇の人を減らすこと。
  • 地元で困ってる人のガイド役になること。

今はまだ収入を得る手段として捉えていますが
いつか目標をクリアーするたびに、この考えは変わっていくと思います。
そこからが本当の夢の実現かもしれません。

終わりに

最後まで読んでくれて、ありがとうございました。

私の成長と伴に、このプロフィールも変えていくつもりです。
いつかこのプロフィールを読んでくれた方に 「そういえばアイツ、今どんなんだっけ?」と
昔と今と比較するために 再度読んで頂き、驚かれるほど成長を遂げた姿を見せたいです。